変わるものと変わらないもの

小学5年生の夏休みが始まって1発目のイベントが 

地元で毎年開催される

”盆踊り!”


私がこの盆踊りが大好きで、毎年同じお友達と行き、踊り狂っている。


そのお友達は以前住んでいたお家の5軒隣。

息子より1歳年下の男の子がいて

1歳の頃から一緒に遊んでいるから

つまりは幼馴染。


これまでにどれくらいの回数、お互いの家を行き来しただろう。

一緒にお風呂に入ったり、

時間気にせず母たちはおしゃべり。


私は引っ越してしまったけれど、

言っても自転車で20分の距離。


今でも一緒に遊んでいる。


さらに、そのお友達のお向かいには男の子ブラザーズがいる。


その男の子ブラザーズの弟の方とも幼少期から一緒に遊んでいるもんだから、

要は幼馴染が2人集結している。


息子はその2人も交えた3人で遊ぶのが昔から大好き。


朝起きて少しでも「暇だなぁ」と感じると

朝7時台から

「◯◯〜!!!遊べるーーーー!?!?!?」

とその子たちの家の前から叫びまくっていた。


私が「なんでピンポン鳴らさないの?」と聞くと

「え。だって恥ずかしいから…」


まさに男児。


謎の恥じらい。


私からしてみると

道端で叫び散らす方が恥ずかしいし、

ご近所含め、ご迷惑極まりない。


だけどそれも全て受け入れてくれていた皆様。


引っ越しをしてからというもの、

その幼馴染たちと遊ぶたびに息子は帰路に着いている間


「俺、やっぱり戻りたいよ。」


と寂しそうに呟いていた。


心の中では「ごめんね」と思いながらも

「またすぐ会えるじゃん!」

と、意味なく励ましていた。


そんなこんなで引っ越しをしてから3回目の盆踊りを迎えた。


例年通りみんなで集まって、母たちは踊り、

息子たちは遊びまくる。

ボール遊びや鬼ごっこや、木登り。

かき氷はマストなんだよね。


数時間すると盆踊りは終わりを迎え、

やぐらからは人が降り、

提灯の灯りは消える。


もう宴は終了だ。


みんなそれぞれのお家へ帰る。


かつて息を止めてでも行き来できる距離だった私たち。

家に着くまでがまさに盆踊りイベントだった。


「ほら!暗いから気を付けて!」

「前見る〜!」

「横から人が出てくるよ!」


という私たちの声を無視するかのように

子供達はフラフラ自転車を漕ぐ。


そんな姿がとにかく微笑ましく、可愛い。


だけど今となっては盆踊り会場でバイバイ。

真逆の方向へ進んでいく。


”きっと息子は今年も寂しがるのだろうなぁ…”


と思ったけれど、

今年は何も言わなかった息子。


3年目にしてこの状況に慣れたのか、諦めなのか。


その分私の方がなんだかしんみりしてしまった。


今頃もうかつてのお家に到着していて、

玄関前でみんなと

「バイバーイ!ありがとねー!楽しかったねー!」

と言い合う。

玄関を開けて電気を点ける。

その時の光量までも、まだ覚えているよ。

靴を脱いで階段を上って

「はぁ、疲れたけど楽しかった〜」なんて言いながら

ソファにドカっと座る。

息子に

「お風呂入っちゃって〜」なんて言いながら一緒にお風呂場へ行く。


ダメダメ!

そんな思いは今は禁物!

と、自転車を漕ぎながら妄想と思い出が入り混じった何かをかき消す。



人生はどの道を歩んだとしても

命ある限り止まらない。

時は進み、新たな発見や出会いがある。


正直、

”あのままだったら…”

とか

”あっちの選択もあったのかも…”

なんてことはたくさんあるけれど、

それがなんだってんだ。


「今」目の前にあることや存在は十分過ぎるくらい味わい深いに決まってる。


息子よ。

永遠なんてものはない。

物事には限りがある。

物事は変化する。

人と人との関係性も変わる。


だからこそ、今のうちに一つだけ確かなものを築いておきたい。

私はあなたが大好き。

それだけは永遠に不変だぞ。


今年も大満足な盆踊りだった






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