縁の下の。。。

 「今日はなんかスケボーする気分じゃないんだよね」

こんなことを言われたのは初めて

ちょっとドギマギしたけれど

「そっか。じゃあ今日はのんびりだね。ちなみに明日はどうする?」

と聞くと

「もちろん明日はやるよ!ただ今日はなんとなくねー」


少し前までは毎日パークへ行くのが当たり前だったけど、いつの間にかこんな感覚を。。。


だけど私が滑るわけではないので、無理強いする理由はどこにもない


そしてそんな日を過ごした翌日、本人の発言通りパークへ行きBowl練習

そこで新しい技がいくつかできるように


つくづく私はパークへ連れて行く縁の下の力持ち存在なのだなと思う

連日パークへ連れて行き、自分がのんびりする時間やゆっくり家事をする時間も削り、息子のスケボーへ付き合う時間ありきで日々が流れていく

そんな毎日を過ごしていると流石にこちらのエゴも出したくなる

「何で練習しないの?」

「なんで今日はパーク行かないの?」

この沸々と湧き上がる「何で?」を心の中で思うのは自由

だけどこの「何で?」を決して息子に押し付けてはいけない

だって滑るのは息子であって私ではないのだから


私は時に自分がスケボーを一つもできないことに憤りやコンプレックスを感じる時がある

息子ができない技に行き詰まっている時に私は何も教えてあげられない

何も手助けしてあげられない

ただ見守ることしかできない


だけどある日息子が私に何を求めているのかを考えさせられることがあって気付いた

息子が私に求めていることは

・パークへ連れて行ってもらうこと

・スケボーの道具を揃えてもらうこと

・スケボー中のおやつや飲み物を用意してもらうこと

・たくさん自由に滑らせてもらうこと

・自分の滑りを見て笑顔で共感してもらうこと


スケボーを教えて欲しいなんて一つも求められていない

良いスクールに連れて行って欲しいなんて1回も求められていない


私がいつだって頭を悩ませてしまうのは

私が先回りしてこの子に何か手を差し伸べないといけないのではないか

と勘違いしてしまうゾーンに入った時


完全に無駄な悩み


しかもその悩みを解消するために私が先回りしたとしたら、息子の良さは完全に潰れ、スケボーも嫌いになってしまう


この子は私に何を求めているのか

そこをきちんと見極め、息子の力を信じ謙虚に見守る気持ちを忘れてはいけない

育児はつくづく精神の鍛錬だなと思う今日この頃なわけです



この子にはこの子の感覚や考え方があることを忘れてはいけない

そしてそれらを大切にしなくてはいけない

なぜならこの子の人生なのだから




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